東京高等裁判所 昭和45年(く)266号 決定
所論の詳述するところは要するに、原裁判所が、弁護人らの申請にかかる多数の証人中唯だ一人のみを調べただけで、他は悉くこれを却下したのは、被告人らから憲法第三七条・第三二条所定の権利を不当に奪い、不公平な裁判をする虞れがあるとしてなした東京地方裁判所刑事第六部の裁判長裁判官門馬良夫・裁判官新矢悦二および同田中正人に対する弁護人らの本件各忌避の申立を、唯だ訴訟を遅延させる目的のみでされたことの明らかなものであるとして、刑事訴訟法第二四条により、いともたやすく簡易に却下をしたのは、もとより、違法であるから、ここに、原決定の取消しを求めるというのに帰する。
そこで、関係記録を調べ、所論の当否につき、左にこれを検討する。
(一) 本件即時抗告申立記録および本案記録によると、被告人北村充成は昭和四四年三月七日勾留中に、同平野健は同月一二日在宅のまま、いずれも、同年一月のいわゆる東京大学法文三号館の占拠事件につき、兇器準備集合・建造物侵入(不退去)および公務執行妨害の罪名で起訴せられ、その受訴裁判所である東京地方裁判所刑事第六部の裁判長裁判官門馬良夫・裁判官新矢悦二および同田中正人は、右の各事件につき、同年六月二六日に第一回公判を開き、同年七月一〇日の第二回公判で、これを、被告人らと相前後して起訴された橋本善和ほか九名に対する各兇器準備集合・建造物侵入(不退去)および公務執行妨害被告事件と併合して、鋭意審理を進めて来たのであるが、被告人および弁護人らは、いずれも、当初から、いわゆる統一公判を要求して譲らず、弁論の併合には、人的・物的な自らなる限度と制約があることを理解しようともしないで(本件起訴は、各被告人毎になされており、裁判所はできるだけこれを併合し、統一して審理裁判しようとしたものと認められるから、これを以つて分割公判というのは、必らずしも当らない。)、被告人らにおいては冒頭の手続たる裁判長の人定質問にも応じようとせず、また、審理中に度々公判廷で秩序維持のため裁判長から退廷を命ぜられるなど、なかなか、訴訟は正規の軌道に乗らず、審理はしばしば難航したけれども、昭和四五年二月二〇日の第一二回公判期日までには、ようやく、検察官側の一応の立証を終えたこと、その頃から、被告人らには、次第に審理に応ずる態度が見え始め、弁護人の更迭もあつたりして、審理も、それまで併合されていた他の共同被告人一〇名からは分離され(この一〇名中、久末泰史を除くその余の九名に対しては、既に、同年七月二一日に、久末に対しては、ようやく、同年九月二八日にそれぞれ有罪の判決が言い渡されている。)、同年七月一四日の第一三回公判期日には、被告人らの事件に対する陳述と弁護人から反証として被告人らを逮捕し、または東京大学法学部研究室で被告人らを含む占拠学生の排除に当つた警察官三名の証人申請がなされ、同年九月九日の第一四回公判では、情状に関し、職権で被告人平野の父親が証人として取り調べられ、同年一〇月一七日には奈良地方裁判所で受命裁判官により右同様被告人北村の父親に対する証人尋問がなされて、同月二九日の第一五回公判期日には、右の証人尋問調書と右の申請にかかる証人三名のうち、一名の取り調べが行なわれ、他の証人二名は却下されたこと、その後、弁護人は、同公判で、長文の冒頭陳述を行い、その立証のため、新らたに、合計二二四名に及ぶ証人の申請をしたが、裁判所は、それまでの証拠調べに鑑み、すべて、これを必要なきものとして、却下したうえ、検察官の被告人らに対する論告求刑を終えたこと、同月三一日の第一六回公判で、弁護人は更らに前回却下された証人六名を含む証人七名の取調べを再度申請し、証拠調べの再開を求めたが、裁判所はすべてこれを必要なきものとして却下し、これに対する弁護人の異議申立も却下したこと、すると、弁護人は、裁判所の右のような措置は被告人らから憲法第三七条・第三二条所定の権利を不当に奪つたもので、このような処置を採つた裁判所には、不公平な裁判をする虞れがあるとして、いきなり、裁判長以下前記の三裁判官の各忌避の申立をしたが、同裁判所は、右のような忌避の申立は、唯だ訴訟遅延の目的のみでなされたことの明らかな申立であるとして、刑事訴訟法第二四条第一項前段により、直ちにこれを却下したうえ、弁護人の弁論と被告人らの最終陳述を聴いて結審し、判決宣告期日を昭和四五年一一月二五日午後一時と指定告知したことなどの諸事実が窺われる(尤も、この期日は、本件即時抗告の申立によつて、変更され、現在では、判決宣告期日は追つて指定ということになつている。)。
(二) 所論は、原裁判所が、弁護人の申請にかかる多数の証人中、唯一人調べただけで、他は悉くこれを却下したのは、被告人らから、憲法第三七条の定める証人尋問権および同第三二条の定める裁判を受ける権利を不当に奪つたもので、原裁判所を構成する前記の三裁判官には不公平な裁判をする虞れがあるようにいうけれども、証拠調べの範囲は、裁判所の健全な裁量に委ねられているところであり、いかなる証人をいかなる限度で調ぶべきかは、裁判所が合理的に判断して決めることのできる事柄である。また、原決定が、もとより、ほかならぬ裁判所の決定であることは、ここに更めていうまでもないところである。そして、イ、憲法第三七条第二項前段は、裁判所が必要と認めない者までも証人として職権で喚問し、被告人に直接審問の機会を与えなければならないという意味のものではない、ロ、同項後段の規定の法意は裁判所は、被告人側の申請にかかる証人のすべてを取り調べなければならないというのではないこと、ハ、憲法第三二条は、すべて国民は憲法または法律に定められた裁判所においてのみ裁判を受ける権利を有し、裁判所以外の機関によつて裁判をされることはないことを保障したものであることおよびニ、憲法第三七条第一項にいう「公平な裁判所の裁判」とは、組織と構成において不公平な惧れのない裁判所の裁判をいうものであることは、いずれも夙に、最高裁判所の判例によつて、明らかにされているところである(イ、最高裁判所・昭和二三年七月一四日大法廷判決・集二巻八号八五六頁、ロ、同・昭和二三年六月二三日大法廷判決・集二巻七号七三四頁、ハ、同昭和二四年三月二三日大法廷判決・集三巻三五二頁およびニ、同・昭和二三年六月三〇日大法廷判決・集二巻七号七七三頁を各参照。)。従つて、原裁判所が弁護人申請の多くの証人を却下したからといつて、そのことから、直ちに、憲法第三七条第二項・第三二条に違反したものということはできず、また、憲法第三七条第一項に違反して、不公平な裁判をなす虞れがあるものということもできない。
(三) 却つて「忌避の原因があることを知らなかつたとき、又は忌避の原因がその後に生じたとき」は、別として、いやしくも、「事件について請求又は陳述をした後には、不公平な裁判をする虞があることを理由として裁判官を忌避することはできない。」ことは、刑事訴訟法第二二条の明定するとおりであり、既にみて来たような本件忌避の申立がなされるに至つた経緯、殊に、原裁判所の第一六回公判における弁護人の証人申請は、既に検察官の論告求刑を終えた段階でなされたものであること、しかも右の証人申請のうち、六名は既に第一五回公判において却下された証人と同一で、その立証事項も全くこれと同じであり、他の一名の立証事項は、既に従前の公判で証拠として取り調べられた実況見分調書その他によつて明らかになつているものとも窺われることなどからすれば、本件忌避の申立を唯だ「訴訟を遅延させる目的のみでされたことの明らかな忌避の申立」であるとした原決定を直ちに違法とまでは断じ難い。
以上のとおりであり、全記録を通じてみるとき、原裁判所が事件の実体をみ極わめるため審理に苦労を重ねて来た反面、訴訟の終りの段階では、これを終結させるのに、些か性急であつたのではないかとの憾みはあるにしても、他に、原裁判所が刑事訴訟法第二四条第一項前段により、本件忌避の申立を却下したことを違法とすべき特段の事由は何ら発見できない。論旨は結局理由がなきに帰し、採用できない。
(江碕 龍岡 桑田)